琉球舞踊古典芸能コンクールを受けてきました。

琉球舞踊古典芸能コンクールを受けてきました。

私にとって今年の夏の一大イベントである、琉球新報社主催の琉球舞踊古典芸能コンクールの新人部門を受けてきました。

琉球舞踊を始めて9年目の私が、まさか、古典芸能の登竜門と言われているコンクールを沖縄に何度も遠征して受けるとは夢にも思いませんでした。そしてそのコンクールの新人賞部門の受験者は、沖縄地元で小さい頃から琉球舞踊を習っていて、沖縄芸能の中で育ったような環境の中学高校生が大半でした。大人になってから習い始めた人も何人かいましたが、私のような高齢者はあまり見当たりませんでした。

でもそれは、後から人に言われて、そういえばそうだ!くらいの気持ちで、コンクールに向かっている最中は思いもしないことでした。

今まで、ただ楽しく琉球舞踊を踊っていた私が、コンクールを目指そうと思いたったのは、一昨年の春くらいでした。

コンクールへ向けて熱い思いを2年半もかけて練習を続けていくのにはどんな思いがあったのか振り返ったみたいと思いました。

 

去年の8月にもコンクール受験をしていた。

 

実は去年も沖縄に何度も足を運び、コンクール受験をしていました。

受験者は、同じ琉球舞踊研究所の仲間で、沖縄出身の30代のR子ちゃんと神奈川出身の30代のM子ちゃんと私の3人、

沖縄出身とわざわざ明記するのはネイティブであることも琉球舞踊を極めて行くのに強く影響があることを知ったからです。

琉球舞踊の旋律を身体を使って表現するというのは、完コピすることとは全然違うということを、沖縄に通って、家元の指導を見聞きすることで、何か違う!と肌感覚で感じていくのです。

極めて行くことでしか見えないものに触れることでまた、私の沖縄人のネイティブな何かが蠢いた感じがしました。

私たち3人は、15ヶ月間コンクールに向かって、特訓をしてきました。

私たちの踊りの師匠は、東京で初めてのコンクール生を受け持つことになったので、途中から師匠の師匠もこの特訓に参加して下さって、私たちは、のめり込んで行きました。

夏のコンクールが近ずく、5月ごろからは、毎日のようにどこかで練習をしていて、私の身体は、持病の腎臓の数値が高くなって、主治医の指導も厳しくなって行きました。

整体と針灸治療とカイロプラクティックと、メンテナンスに足繁く通いながら、家族に言うと心配させるので、言わずに、黙々と練習とメンテナンスに通い続けました。

一番辛いのは、練習を続けたいのに、身体がついていけないことです。

足袋を1時間以上履き続けられず、足の指からつってきて激痛が走るのです。そうするともう立っていることもできず、私一人、練習場の片隅の椅子に座り込むしかないのです。

それでも30分くらい経つと足の釣りが収まるので、またみんなの練習の輪に入るの繰り返しでした。

土日の8時間練習には、ついていけず、私だけ、30分ずつ先生のお稽古場に通って練習するという日々でした。

沖縄で初めてのコンクール受験をしました。

去年の7月31日コンクール出場のために私は、沖縄、那覇にいました。

東京からコンクール受験生3人と2人の先生と応援の仲間と総勢7人が沖縄入りしました。

そのまま同じ流派の地元の受験生たちとの合同稽古に参加する。

地元の受験生は、新人賞が中学生のA君(去年落ちて今年2回目のリベンジ)と19歳のAちゃん。他に優秀賞を受ける人が今年はいなくて、その上の最高賞の受験者が3人。東京組も入れると総勢8人の受験者だ。

私たちは体育館みたいな会場で、いつ終わるともしれない合同稽古に打ち込んだ。

会場の中央には、家元を始め、私たちの先生とその先生、総勢10人くらいの先生方が机を前に座り、一人一人の踊りを見ていて、「腰が高い!」「顎下げて!」と大きな声が飛んでくる。

私たちは黙々と衣装を着て準備を進め、曲が鳴ったら次々と舞台に出て踊る。

会場はどこもかしこもクーラーがガンガンに効いていて冷蔵庫の中見たい。

それなのに私たちは、何回も踊るせいか、流れる汗を拭きまくっている。10回くらい踊っただろうか?

私は足がつらないように、レッグウオーマーの中にホッカイロを両足4枚貼り付けた。漢方薬を飲むのも忘れなかった。お陰で足がつらなくてよかった。

気がついたら、夜の10時半にやっとおむすび1個と饅頭1個を口にすることができた。みんなでありがとうございますと言ってマイクロバスに乗り込んだのは11時。やっと1日が終わった。

本番、コンクール会場は戦場のようでした。

つづく

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炭屋 由美子

炭屋 由美子

岡部明美LPL養成講座認定セラピスト 大塚彩子ビリーフリセット認定カウンセラー  琉球舞踊愛好家 事業経営者に嫁いでから、会社経営と子育てに奮闘しながらも、心のザワザワを感じながら、生きてきました。38年間の結婚生活にピリオドを打った時、初めて、役割ばかりを背負い、本当の自分を生きてなかったことに、気づきます。心理カウンセラーとの出会いで、真に生きること、自分を信じることの歓びを感じることが出来ました。この歓びを一人でも多くの人に伝えていきたいと思います。